微熱兆候Ⅰ 母と娘、愛の肉欲
第5章 共 有
弛緩した体を横たえながら、晶子は荒い呼吸を続けていた。かたわらには、びっしょりと濡れたピンクローター……。
罪悪感を拭い去ることはできなかった。時計をプレゼントしたときの母の笑顔、美味しいと言ってカレーを食べたら彼女は本当に嬉しそうに微笑んでくれた。なのに……。
(ごめんね……ママ……)
闇の中で少女はひとり涙を流した。心配ないのよ、と母に優しく抱きしめてもらいたかった。いっそのこと、母とひとつになりたかった。大好きな貴子とひとつになれるなら、この肉体さえ必要ない。そう思えるほどだった。
晶子はパジャマを着て、ゆっくりとベッドをおりた。手に持ったローターがひどくよそよそしく光っていた。
ドアを開け、そっとあたりを伺ってみる。母のいる気配はない。すでに午前の1時半。今はきっと深い眠りの中だろう。そう思って彼女が一歩廊下へと足を踏み出したときだった。ふと感じた、こぼれた水を踏んだかのような冷たい感覚。彼女はその場にしゃがみ込み、指先であたりの床を触ってみた。水とは違うようだった。ヌルヌルとしていて、それはほのかな温もりまで感じさせる。そっと匂いを嗅いでみる。
(……!)
晶子は一気に目の醒めるのを感じながらあたりを手のひらで触ってみた。濡れてる、ここも、ここも。
(もしかして……ここでママが!)
思考が混乱して何が何だか分からなかった。ローターを無断で持ち出したことを知られたばかりか、それを使っていたところまで貴子に知られてしまったなんて!
母がオナニーをしていたという事実よりも、自分のオナニーを知られた現実が恥ずかしかった。どうしよう……どうしよう……。
彼女は静かに和室に入り、悩みを抱えたまま卵を元の箱の中へと戻した。自然に足が貴子の寝室に向かっていった。いつもなら、貴子はすっかり寝付いているはず。晶子はフスマの前で脅えるように震えながら、勇気を持って声をかけた。
「……ママ」
返事はない。もう一度……。
「ママ。寝ているの?」
しばらくして、中から母の優しい声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
晶子が視線を上にあげたと同時に、フスマがスッと静かに開いた。
「ママ……」
貴子はいつものような笑みを浮かべて彼女を見ていた。その顔はむくみもなく、大きな瞳はどこまでも透き通って美しい。やっぱり眠っていなかったんだ。晶子は彼女の顔を見てそう思った。しかし、それ以上は何も言うことができなかった。
「眠れないの?」
貴子が少女の髪を撫でる。温かい指先だった。堪えようと思ったのに涙が溢れた。それはあっという間に瞳を満たし、うるうると揺れたかと思うと、すぐに頬をつたいはじめた。
「悪い夢でも見たんでしょうね。可哀相な晶子……」
母はその胸に強く彼女を抱きしめた。ふたりは互いの淫らな行為を知りながら、黙って肌の温もりを感じていた。いつの日か、きっと禁断の罪を犯してしまう日がやってくる。しかしそれは今日ではない。ふたりは口に出さなくても、今やそんな思いを当然のように悟っていた。
「あったかい……」
少女は胸に深く顔をうずめたまま、小さな声で呟いた。長い髪を優しく撫でてあげながら、貴子は小鹿のような無垢な少女の瞳をじっと見つめた。
「恐いことなんて何もないよ。大丈夫よ。何も心配なんてないんだら」
「ありがとう。ママ……」
「さあ、自分のベッドに戻りなさい。それとも、今日はふたりで一緒に眠りましょうか?」
少女は微かに首を振った。
「わたし、もう大丈夫。ごめんね、こんなに夜遅くに」
「いいのよ、晶子。安心して、いい夢見るのよ」
「ママも、ね」
晶子の後ろ姿を見送ったあと、貴子はソッとフスマを閉じた。すがるような晶子のかわいらしい表情を胸に大事にしまいながら。
翌朝はいつもの日常に戻っていた。貴子は忙しげに台所で朝食の準備をし、晶子は新聞配達へ出かける準備を早足で急いでいる。
「パン食べていきなさい」
「もう時間がないもの」
「あと5分早く起きたらいいのに」
「だって眠たいんだもん」
「テーブルの上にパンとサラダ、用意しておくからね。牛乳は冷蔵庫の中。わかった」
「うん。ありがとう。ママ」
晶子は外の朝日を浴びながら、うさぎのように駆けていった。そんな彼女の姿からは、昨日の艶やかな出来事のかけらさえ見いだすことはできなかった。
(わたしも急がなくっちゃ)
貴子は休む間もないままに、ふたり分のお弁当をこしらえると、すぐに牛乳でパンを胃の中へ流し込んだ。もうすぐバスの来る時間だ。玄関の鍵を閉め、走って簡易郵便局の前まで行った。丁度、工場の送迎バスのくる時だった。息をきらせて車に乗り、見慣れた顔と挨拶をする。中年の女性に混じった貴子の姿は、あまりに場違いなほど美しく光っていた。