微熱兆候Ⅰ 母と娘、愛の肉欲
第1章 秘 密
女子校生という生意気ざかり年でいながら、母親思いの晶子の心は子供のように素直で純粋なままだった。貴子はそんな彼女にもっとわがままを言ってもらいたいと思いながらも、優しい晶子がかわいくてしかたがない。工場で立ちっぱなしでサケの身を裂くパートの仕事もつらいとなど思ったことは一度もなかった。小学校のころから一日も休まず新聞配達をして家計を手伝ってくれている晶子のことを思うだけで、貴子には冷たい水さえ温かなお湯に感じられる。
離婚してからもう12年も経つだろうか。今思うと、ほんとにどうしようもない男だった。結婚したらまともになると思ったのに、彼の浮気ぐせは貴子の妊娠中でさえその本領を発揮し、働こうともしないままついには八戸の女のアパートに朝から入り浸りになる始末。
晶子には父の記憶はほとんどないに違いない。いや、そうであって欲しいと思いたかった。家に帰ると酒を飲んで暴力をふるうだけの父の姿、そんな姿がいい思い出として彼女の記憶の中にあるはずがないのだから。
離婚してすぐ、男は八戸の女とも別れ、気持ちを入れ替えてトラックの運転手として忙しく働いているということを風の噂に耳にした。しかし、貴子はそんな噂を信用もしなかったし、それがたとえ本当のことだったとしても何の思いも浮かばなかった。ただ、その一年後、雪降る峠で事故に巻き込まれてトラックの下敷きとなって死んだとニュースで聞いたときには、付き合っていたころの楽しかった思い出を昨日のことのように思い出し、ひとりでそっと涙を流した。
いつからだろう、そんな彼女に晶子が再婚を勧めるようになったのは。晶子は、自分のことを気遣うばかりに母が再婚しようとしないのではないかと思っていた。貴子はまだ35歳。なおかつ彼女は、誰から見ても美しい、惚れ惚れするような艶をもった女性である。母が再婚しようとしないのは自分のせいだとそう彼女が思うのも無理はない。
叔母は見合いの写真をもってきてはいつも母を口説いていた。叔母だけではない、晶子も一緒に写真を見ては、優しそうだとか、かっこいいだとかそんなことを言っては彼女の意見に荷担した。母にだけは女の本当の幸せを掴んで欲しい、晶子はそういつも真摯に願っているのだ。
ある日の午後のことだった。
学校から帰ってきた晶子はそっと勝手口から家の中を覗いていた。今日は母のパートの休みの日。クラブ活動をサボって足早に帰ってきた彼女の手には、おこずかいを貯めて買った腕時計が可愛いラップにまかれしっかりと抱かれている。
(ママ、びっくりするだろうな)
それは、貴子の腕時計が塩水ですっかり錆びているのを見て見ぬふりをしていた娘からのとっておきのプレゼント。昨日おこずかいをもらってから、やっと買える金額に到達した。
音をたてずにドアを開け、そろりそろりと廊下へ出た。人の気配。母は居間のとなりの和室のほうにいるらしい。
「……あっ、あっ」
聞きなれない不思議な声が聞こえていた。晶子は少し小走りになりながら、それでも音をたてずにふすまに近づき、わずかに開いた隙間からそっと中を覗いてみた。
寝そべった女の素足が二本見えた。他に人はいないらしい。
「うぅ……。あっ……あっう……!」
たしかに母の声だった。うめきにも似た苦しそうな声。具合が悪いのだろうか。そう思いながらも、なぜか声をかける気にも中へ入る気にもなれない。胸がどきどき脈動していた。見てはいけない……。しかし、晶子はあともう少し、襖を開かないではいられなかった。
母は下半身に何もつけてはいなかった。せわしなく閉じたり開いたりする互いの膝。両手は股間を押さえ込み、そこには何か赤いものが挟み込まれているようだ。
(えっ!)
それは男性器のようなグロテスクな形をしていた。
(あれが……バイブ!?)
そうとうに濡れているのか、それは動くたびにクチャクチャとガムを噛むような音をたてる。そしてほどなく唸りはじめる低くこもったようなモーター音。それはまるで新種の生き物のようにねじれながらぐいぐいと母の体に入っていく。つま先がひきつり、顔が大きくゆがんでいた。むき出しの性器を見ることより、官能に喘ぐそんな母の表情を見たことのほうがショックだった。しかし、不思議と嫌悪感は感じなかった。それどころか、貴子にも母としての顔だけでなく、女としての表情もあることを知り晶子はうれしい気持ちになっていた。
(ママもやっぱり女なんだ……)
貴子の声が少しづつ高くなる。細いウエストに形のいい脚。縦にのびた控えめなヘソは、贅肉のない若い体を象徴している。
「ああーっ、いい……あっ、イクっ、あっ……!」
貴子は固く目を閉じたままだった。少女のような喘ぎ声。どうしてパパはこんなに綺麗なママを残して死んでしまったのだろう。晶子は乱れる彼女を見つめながらふと思った。ママ、何を想像してそんなにあそこを濡らしているの? その指先は、誰の手なの、ねぇ、ママ……。凝視する晶子の瞳は、まるでそう訴えているかのようだ。