若菜かな…? 1

若菜かな…?

第1章 はじまり

若菜とは、幼稚園の頃からずっと同じクラスだった。記憶には残っていないが、赤ん坊の頃の写真の中には互いの母親に抱かれたサルみたいなふたりもいるから、きっとその頃から兄弟みたいに付き合ってきたのだろう。
というわけで、俺は若菜のことを異性として意識したことなど一度もない。
確かに、客観的に見ると彼女はとても綺麗だと俺も疑いなくそう思う。スタイルだって高校生離れした洗練されたものだし、性格だって悪くない。しかし、だからと言って俺が友達連中から羨ましがられることなんて何もない。どんなに綺麗な姉や妹がいたところでそれはやはり単なる姉や妹なのであって、それ以上でも以下でもないのだ。
Hな小説のなかには綺麗なお姉さんに甚振られる弟、なんて場面もあるけど、実際はそんな欲望なんて浮かんでくるもんじゃないですよ。

「達也くん、待ってよ!」
俺は学校の帰り道、若菜から声を掛けられ振り向いた。
「何だよ」
「呼んでるのに無視するんだもの…」
「無視なんてしてないよ」
「聞こえたはずよ」
「ケンカするために呼び止めたのか?」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
悲しそうにうつむく彼女。少し強く言い過ぎてしまったか。
「悪かったな…。謝るから、そんな顔するなよ」
「いいえ、わたしのほうこそ…」若菜はそうポツリと小さく言ってから「さっきのこと、怒ってるんでしょう?」
「さっきのことって?」
「山田くんたちに、ふたりはできてるとかってからかわれていたでしょう?」
「あいつ、羨ましいんだよ、俺とお前が幼なじみだから」
「わたし、そうだよって言っちゃったし…」
「別にいいさ。俺だって誰と付き合ってるってわけじゃないし、それよりお前はどうなんだよ。お前のファンはこの学校には掃いて捨てるほどいるんだぜ」
「誰とも付き合う予定なんてないもの」
「予定で付き合うもんじゃないだろう」
「そうだけど」
「まあ、いいけどさ」
正直言って、俺はまんざらでもない気分だった。家族のような存在といえども若菜はやはり誰より美しい女だし、こうして並んで歩いているだけでもすれ違う男たちは明らかな羨望の眼差しで睨んでくる。いい気味だ。勝手に羨ましがっていろってんだ。
調子に乗った俺は目の前に急な階段があるのに気づかずそのまま宙に足を出していた。
目の合った彼女はそんな俺の危機的な状況を瞬時のうちに悟ったのか、大きな瞳をさらに大きく開いている。
「あぶない!」
若菜は叫んで俺の左手をぐっと掴んで引き寄せた。余計なことを。咄嗟に3段目のコンクリートにジャンプするつもりでいたのに、バランスを崩した俺は彼女を巻き込まない努力で精いっぱい。なのに若菜は必死に俺を掴んだままで、

「離せ!」

「キャーッ!」